コペンハーゲン


 2月の小雨の夜、わたしは家路に急いだ。昨晩から降り続く雨が雪に変わるのではというほど東京は寒かった。まるでコペンハーゲンにいるようだ。いつものようにスーツのポケットにかじかんだ手を突っ込っこみ背中を丸め、早歩きで浅草橋の駅へむかっていた。

 わたしは、40代初めの初老の男性。少し前まで気にすることのなかった前髪が少しずつ上がり始めている。また、遺伝のせいか白髪もちらほら見え隠れ。体力的な人生の境は40代はじめなのか?厄年も41歳と決まっているのはその人生の境なのか?すこしずつ趣味趣向、食事の好み、ものの考え方も変わってきている。「やはり初老なのか」。

 そんなことを考えつつ、妻にこれから帰るとメールをした。「友達と食事してくる」との返答だった。「わかった」

 裏手の神社からピューとつめたい風が容赦なくふきつける。かじかんだ手がさらにかじかむ。

 ようやく駅に着き電車にのりこんだ。車両のドア付近ではイヤホンした若い男が両手にゲーム機を持って「カチャカチャ」とボタンを押していた。敵にやられたのか「カチャカチャ」が止まり「チィ!」と舌打ちをしたあと「カチャカチャ」が始まった。そのとなりにその「カチャカチャ」の音などまったく聞こえてない風の20代前半の女性がずっと携帯のメールを眺めていた。この二人はそれぞれ自分の世界に住んでいて、それぞれ「もしもし」と肩をたたかないと自分の世界から出てこないんだろう。

そろそろ家の近くの駅に到着するようだ。顔を窓に向けると空は分厚い黒雲が手が届くくらい低くたれこめていた。「どこかで食べてくかな?」すーっと冷たい風が体を通過した。「家で米を炊いて味噌汁を作ればそれでいいか」。背中を丸めながら家路に急いだ。

 ドアの前に立ちカギを探したがどこにも見当たらない。持っていたカバンをひっくり返し隅々までさがしたが「ない」。目の前が真っ暗になり徐々に意識がなくなるのがわかった。ここで倒れてはと気を取り直し深い深呼吸をした

「ふぅ~」

深い深い深呼吸だった。

せなか当たる小雨混じりの冷たい風は、今晩で一番冷たく感じた。


コメント

ちびぬこFS1080 さんの投稿…
こんばんは

コメント遅くなりました。。。

電車の中の二人の関係の書き方がいいですね。
enufikihさんは詩的な表現が上手で物語の書き方が面白いので次回作も期待してしまいますよ!!!

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