美しい勝利
彼の名前はビューティーウィン。
3月20日の茨城は、朝から良い天気だった。気温は3月にしては暖かく、前日の雨が影響し浅い霧が立ち込めていた。腕時計に目をやるとまだ午前6時前。
「早いスタートは3文の得だな。確かスタートは7時11分だからあと一時間ある。パター練習でコンセントレーションを高めておくか」
ビューティーウィンはゴルフに来るたび判を押したように同じ所作を繰り返す。ゴルフの朝食はコンビニで赤飯おにぎり。ゴルフの帰り道はコンビニでどら焼き。同じことの繰り返しことが自分を強くしていくことを無意識に知っていた。
7時11分、鋭い金属音が白い弾丸が霧を切り裂いた。緩やかに右に流れるボール軌道は女性の腰のくびれのように妖艶な曲線を描いていった。
「ナイスショット!」
ビューティーウィンはそういわれても自分では(微妙だが)いつもと違うインパクトを感じていた。
前半終わってのスコアは決して納得できるものではなかった。昼食は、しかし、談笑の時間だ。自分のコンディションだけを気にしすぎると角が立ってしまう。仲間あってのゴルフ。このことが理解出来るようななったのは、実は40歳を過ぎてからだ。
「自分は一人で生きているわけじゃない。みんなの力添えがないと生きていけないんだ」いつも心で繰り返すことが癖になっていた。
仲間との談笑とおいしい料理を腹いっぱい食べたビューティーウィンは、午後のラウンドに備え瞑想した。これは彼がコンセントレーションを高めるもうひとつの方法だ。
午後のファーストショットは午前と同じく少々違和感を感じる。控えめではあるが、とうとう感情が出てきたビューティーウィンは、こう、つぶやいていた。「何がいけないんだ!オレが何をしたんだ!!」
午前から一緒にラウンドしていた同僚のヴィクトリーが一言声をかけた。
「いつもより動きが急いでいるんじゃないかな?」
あっ、あ~!!そ、っそうか!心で絶叫したビューティーウィンは自分ですべてがわかったようだ。
迎えた14番ホール。パー5。難攻不落の呼び声高い「笠間カントリークラブ」は、独特な緊張感がある。その緊張感を春の日差しが和らげる。
第一打は先ほど開眼したドライバーを意識的にゆっくり振り上げ、そして振り下ろした。まっすぐ飛んだ。しかも会心の当たり。落ちた先はカート道。跳ねた。跳ねた。いつもより50ヤードは前進しただろうか。
第二打目。なんと2オン。ピンまでは約15メートルの右下がりの難しい位置だ。
「2オンかぁ、なんてラッキーなんだ。待てよ、ここはパー5のロングじゃないか?次の3打目はイーグルショットなのか」
地から湧き上がる興奮。顔はすでに高潮していた。みんなのショットがようやくグリーンに集まった。その待っていた時間はビューティーウィンを興奮から緊張へと変化させていた。
「なんという緊張だ、こんなに緊張するんだったらイーグルなんて無ければいいのに」
長年使ってきたパターが心に訴えかけてきた。
「自分を信じろ!お前なら出来る」
その言葉を聴いた瞬間、真っ白になった。いつもと同じ動作を、ビューティーウィンはした。
そして白いボールはカップ入った。
ビューティーウィンは、涙があふれた。涙の理由はイーグルを取れたからでない。友の一言で自分を取り戻せたとこ、それがうれしかった。だから泣いた。
彼と彼の仲間はこころからこの「美しい勝利」を分かち合ったのだった。
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